日本国内の世界文化遺産を旅する

世界文化遺産の登録基準

世界遺産の登録には、「顕著で普遍的な価値」をもつことが大前提です。

 

さらに、世界文化遺産、世界自然遺産それぞれに一定の基準が設けられ、少なくともそれらのうちの1つを満たしている、と判断される必要があります。

 

世界文化遺産の登録基準

 

 

1.人類の創造的才能を表現する傑作。

 

2.ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。

 

3.現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠。

 

4.人類の歴史上重要な時代を例証する、建築様式、建築物群、技術の集積、または景観の優れた例。

 

5.特に、不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または、複数の文化)を代表する伝統的集落、または、土地利用の際立った例。

 

6.顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えています)。

 

 

たとえば、日本の世界文化遺産のひとつである、「法隆寺地域の仏教建築物」の場合、上記の基準の1、2、4.6の基準を満たしていることが認められています。

 

また、「原爆ドーム」は6の基準を、「紀伊山地の霊場と参詣道」については基準の2、3、4、6を満たしているとして、それぞれ登録されました。

 

一方、2007年に暫定リストに記載された富士山の場合、1990年代初めからユネスコ世界遺産への登録運動が行われてきました。

 

当初は、世界自然遺産への登録を求める方向でしたが、環境整備が整わず、現在はその歴史的背景から文化遺産への登録を求めています。

 

今後、国際記念物遺跡会議による調査が行われることになります。

日本の文化遺産エントリー一覧

古都京都の文化財

その翌年の1994年には、修学旅行でもお馴染みの金閣寺、銀閣寺をはじめとする「古都京都の文化財」が同じく、世界文化遺産に登録されました。

さらにこの後、1998年には、大仏で有名な東大寺、正倉院をはじめとする「古都奈良の文化財」も文化遺産に登録され、

日本の世界遺産ブームに火をつけたといっても過言ではないでしょう。

 

「古都京都」とは、京都府京都市・宇治市、および滋賀県大津市一帯です。

文化遺産登録の基準、2,4を満たしていると認定されました。

 

基準2:「ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。

 

具体的には、「京都は8世紀から17世紀の間、宗教・非宗教建築と庭園設計の進化にとって主要中心地であった。そのように、京都は日本の文化的伝統の創出において決定的な役割を果たし、特に庭園の場合において、それは19世紀以降世界の他の地域において意義深い影響を与えた。」

 

基準4:「人類の歴史上重要な時代を例証する、建築様式、建築物群、技術の集積、または景観の優れた例。」

 

具体的には「京都の現存文化財における建築と庭園設計の集積は前近代における日本の物質文化のこの側面に関する最高の表現である。」

 

 

対象となったのは、金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)の他、「清水の舞台」で有名な清水寺、庭で有名な西芳寺(苔寺)や龍安寺、さらに、上鴨神社、下鴨神社、東寺、延暦寺、醍醐寺、仁和寺、平等院、宇治上神社、高山寺、西本願寺、二条城です。

 

京都には、他にも「鴬張り廊下」で有名な知恩院や、京都御所、嵯峨嵐山、桂離宮など、世界遺産に登録されて決して不思議ではない物件が多数あります。実際、これらの物件の追加登録の計画がもちあがっています。

 

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白川郷・五箇山の合掌造り

岐阜県の白川郷と富山県の五箇山にわたる飛鳥地方です。

また、白川郷は、岐阜県(飛騨国)内の庄川流域の呼称であり、大野郡白川村と旧荘川村(現高山市)に相当します。

前者を「下白川郷」、後者を「上白川郷」と呼ぶのですが、今日では白川村のみを指すことが多くなっています。

 

合掌造りというのは、養蚕のために屋根裏に棚を設置したのが始まりといわれ、時代は江戸時代にまでさかのぼります。

白川郷と五箇山の集落地帯は、日本でも有数の豪雪地帯です。

そのため雪下ろしの作業を軽減すると共に、屋根裏の床面積を拡大するために、急な角度をもつ茅葺屋根となったといわれています。

集落は南北に細長い谷に位置し、南北から吹く強風が屋根に当たる面積を少なくするために、家屋が東西を向いているのも特徴的です。

 

文化遺産の登録基準、4,6を満たしているとして認定されました:

 

 

基準4:人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。

 

基準6:特に、回復困難な変化の影響下で損傷されやすい状況にある場合における、ある文化(または、複数の文化)を代表する伝統的集落、または、土地利用の顕著な例。

 

 

白川郷・五箇山の合掌造りが現在まで残った理由のひとつは、この地域が豪雪地帯であったため、周囲との交通路整備が遅れたたことが上げられます。

 

また、「結(ゆい)」といって、地域住民が連携形式を組み、合掌造りを守るために補修や茅葺の葺き替えを行ってきたこともその保全に大変貢献しています。

しかし、この地域の過疎化や住民の高齢化で、結の活動を維持していくのは難しくなりつつあります。

 

 

また、世界遺産への登録後、観光客が激増しました。

それにより、実際にここで生活している方々のプライバシーが損なわれ、摩擦が起きています。さらに、2007年度の東海北陸自動車道の開通など、開発の波は押し寄せています。

 

歴史遺産の保全と観光開発、地域住民との軋轢など、世界遺産をめぐる典型的な問題がここでもみられるようになってきたのです。

 

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紀伊山地の霊場と参詣道

和歌山県、奈良県、三重県にまたがる、寺院や参詣道全体を指します。

吉野山・大峯山、熊野(熊野三山、那智大滝など)、高野山(金剛峰寺など)、および参詣道(熊野古道)などの遺跡があります。

 

ユネスコの世界文化遺産の登録基準、2,3,4,6、を満たすと認められました

 

基準2:ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。

 

 

紀伊山地の文化的景観を形成する記念碑と遺跡が振動と仏教の融合である。

東アジアにおける宗教文化と発展を例証する。

 

 

基準3:現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠。

 

 

紀伊山地の神社と仏教寺院は、その関連の宗教儀式も含め、1000年以上にわたる日本の宗教文化の発展の優れた証拠となる。

 

 

 

基準4:人類の歴史上重要な時代を例証する、建築様式、建築物群、技術の集積、または景観の優れた例。

 

 

紀伊山地は神社・寺院建築の形式創造の素地となり、当地域以外の日本の寺院・神社建築に重要な影響を与えた。

 

 

基準6:顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。

 

紀伊山地の遺跡と森林の景観は、過去1200年以上にわたる聖山の伝統を反映している。

 

 

このようにその「顕著で普遍的な価値」を認められ、その保全に向けた努力がなされている一方で、さまざまな問題も起きています。

 

それは、他の世界遺産と同様、紀伊山地一帯でも、観光地化の影響による遺産本体およびその周辺の損壊が著しいという問題が生じてしまっているのです。

また、遺産に登録されたことから、地権者が本来の職業である林業ができなくなってしまい、抗議を起こすという問題もあります。

 

さらに、古道の整備や、風力発電による眺望への影響など、開発と保全との摩擦がここでも見受けられます。

 

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姫路城は日本100名城の一つ

国の特別史跡で、その白漆喰の城壁の美しさから「白鷺城(はくろじょう)」と呼ばれています。

この姫路城も含め、松本城、彦根城、犬山城を、「国宝四城」といいます。

なかでもこの姫路城は、南北朝時代の築城といわれます。築城以来の姿を良く残し、「天下の名城」と呼ばれます。

2006年には「日本の100名城」に選定されました。

 

現在、江戸時代以前に建造された天守を有する城郭は、全国に12箇所しか存在していません。

その為、戦前、戦後と天守の修理には膨大な費用がかけられてきました。

1964年当事で約10億円相当です。さらに2009年からの大修理(予定)でも、10億円以上かかると予想されています。

 

世界文化遺産としては、文化遺産の登録基準の基準1、4を満たすと求められました。

 

基準1:人類の創造的天才の傑作を表現するもの。

基準4:人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。

 

ICOMOSは、登録前の1992年9月と1993年4月に調査を行い、以下の点を優れていると評価しています:

 

 

木造建築物として建物の容積と配置について絶妙にバランスが取られ、漆喰の城壁を持つ優れた美をもっていること。

 

明治以前の封建制度の象徴であること。

 

日本の木造建造物として最高のものであること。

 

 

登録地域は、中曲輪より内側となっており、さらにその周囲がバッファゾーンとして指定されています。また、ICOMOSは、さらに登録後も1993年8月に調査を行っています。

 

 

姫路城には、宮本武蔵の妖怪退治の伝承などが残り、小説では、吉川栄治『本武蔵』や泉鏡花『天守物語』にも登場します。

またその美しさから、多くの映像作品(『暴れん坊将軍』『水戸黄門』など)で江戸城などの代わりとして用いられています。

 

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法隆寺地域の仏教建造物
この地域の仏教建築物は、聖徳太子と深い関連があり、また、中国の六朝時代の建築の影響が強いことでも知られています。さらに、法隆寺の西院伽藍は、世界最古の木造建築物といわれています。明治時代初期、仏教寺院や仏像などを廃毀し仏教に対して弾圧を加えた「廃仏毀釈」によって、法隆寺をはじめとするこれらの寺院も打撃を受けました。しかし第二次世界大戦後、文化財保護法により国宝ならびに重要文化財に指定され、世界遺産への登録に至ったのです。
古都奈良の文化財
文化遺産登録基準の2,3,4,6を満たしていることが認定されたためです。基準2:「ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。」具体的には「古都奈良の文化財は日本建築と日本美術の進化のひときわ優れた証拠性を有しており、それらは中国と朝鮮との文化的つながりの結果であり後世の発展に重要な影響を与えることになった。基準3:「現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な...